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2017年4月23日
NEW! 責任者挨拶

このページでは、当団でもイベント、演奏会の定番曲となっている早稲田の3つの愛唱歌について紹介します。

 

・校歌「都の西北」

大学創立25周年である明治40年に制定され、長きにわたり歌われてきました。作詞・作曲については当初、学生からの募集が企画され、23編の応募がありましたが、最終的に審査にあたった坪内逍遥と島村抱月は、相馬御風に作詞を東儀鉄笛に作曲を依頼しました。また、「ワセダ・ワセダ」のエールは坪内逍遙の発案であったと言われています。

・「紺碧の空」

昭和6年に作曲され、早稲田の第一応援歌として親しまれています。作曲された当時、早稲田のライバル校である慶応義塾大学は、試合中に歌われる応援歌「若き血」によって勢いづき、無類の強さを誇っていました。「若き血」に圧倒され、停滞した雰囲気が漂っていた早稲田大学。この状況を打破するべく応援部が学内募集して生まれたのが「紺碧の空」です。昭和6年春の早慶戦で初めて歌われた同曲は早大野球部を奮い立たせ、早稲田を勝利に導きました。それ以来、「紺碧の空」は本学の応援歌としての地位を不動のものとしています。

 

・「早稲田の栄光」

創立60周年を戦時下で迎えた早稲田大学は、1952年の創立70周年こそ明るく希望に満ちた学内で祝いたいという思いがありました。そのため盛大な記念行事が計画され、その記念歌として芥川也寸志によって作曲されたのが、「早稲田の栄光」です。「早稲田の栄光」は、現在では早慶戦の前夜祭となっている第1回稲穂祭において大隈講堂で初演されました。その頃学内では、気軽に口ずさめるカレッジソングを求める声が高まっていたこともあり、早大生に連綿と歌い継がれ、早慶戦に勝った時だけ肩を組んで合唱するなど、校歌とともに最も愛される学生歌として、今なお受け継がれています。